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2019/05/06

エンジン機

私のラジコン履歴って書いた事あるような無いような?
書くほどの内容じゃないけど、ネタ切れなので・・・
 

 小学3年生の頃、千葉県浦安市の埋め立て地へたまたま家族でドライブに行った時にラジコン飛行機に出会いました。
もともとプラモデルが好きで、ディスプレイ物より動く物の方が好きな私は直ぐに食いつきましたね。
その後月一くらいで浦安に行っては飛行機の飛んでいる場所に寄ってもらって見学したものです。
もうエンジンの音や臭いに惹かれ当時は野球少年だった自分の頭の中はラジコンが大半を占めるようになっていきました。

小学5年になると友人からFuji09エンジンを貰えることに。
その時のことは今もとっても覚えていて、自分のエンジンが手に入るなんて最高の幸せでした。
多分、生きてきた中で一番の幸せだったと思います。(人生まだ10年分くらいかな)

しかし、そのエンジンは調子が悪く何度ランクしてもパスンとは言うものの連続して回る事は有りませんでした。
それを見ていた親父が「それは壊れていて掛からないんじゃないか?と言い出したのです。
かと言って、新しいエンジンを買ってくれるわけじゃなく自分のお小遣いをつぎ込んでエンジンの購入に踏み切ります。

Images

↑小学6年の春に値段が一番安かったのが決め手でFuji09エンジンを手に入れました。
それでも2千円くらいはしたと思います。
画像の物がその時のエンジンそのものです。
珍しい両排気のエンジンでマフラーはスプリングで排気口を挟む形式です。

このエンジンはとっても始動性が良く、数回のクランクで直ぐにかかりました。
あぁ、やっぱり貰い物のエンジンは壊れていたんだなって思ったのでした。

Fuji09があまりに調子良く回るので、嬉しくて暇さえあれば回していました。
初めてラジコン飛行機を見た時、音と臭いにノックアウトされた少年にとっては最高のおもちゃだったわけです。
エンジンが手に入ったら次に思い浮かぶのは飛行機です。
でも、ラジコンなんて高くて買える物じゃありません。
自然の流れでUコンになりますね。

安いプロフィール機を組み立て、友人と空き地で飛ばそうと試みるもまったくの初心者に飛ばせられるものじゃありませんでした。
何度も墜落し壊してばかり。
あの頃の自分は自作も興味があり、初めは方眼紙に1/4スケールで図面を書いていました。
次第にエスカレートして模造紙に原寸大で書くようになりました。
小学6年生が書いたには良く書けていたと思います。
製図のお手本はUコン技術に載っていた図面です。
バルサの重なっている部分は破線を使う事などを学びました。
その成果は中学になって技術科の製図の授業で発揮されました。
ブリキの塵取りを作る時に書いた製図は点数が良かったです。

Fast01

↑製品版で購入した機体です。
胴体の上下プランクは製品箱のボール紙を使うよう指示されていたと思います。
キャノピーの曲面はボール紙だったはずです。

中学生になるともうラジコンがやりたくてたまりません。
自転車で浦安の飛行場まで毎週のように見学に行っていました。
自分のエンジンにもいつの間にかスロットルが付いてるし (笑
プロポはロジテックの4CHです。
このプロポを買うのに銀行へ貯金を下ろしに行ったら
なかなか手続きが出来ません。
子供が万単位のお金を下ろそうとしていると家に連絡していたらしいのです。
銀行でそんな心配までしてくれていたのですね。
プロポはアルミの折り曲げたケースで出来た四角い形をしていました。
当時のプロポは高級品でも同じような外装でしたね。

簡単に作れそうなラジコンキットを手に入れ早速組み立てます。
当時のバイブルと言えばUコン技術からラジコン技術へと変わっていました。
そこから得られる知識が全てであり、ちょっとでも役に立ちそうな所を一生懸命探していました。
毎日、飽きもせず同じところを繰り返し読んでいましたね。
その甲斐あって見よう見まねですが初ラジコン機を完成させる事が出来たのでした。

出来たら飛ばしたい!(この頃からかw)
飛ばす場所はあそこしかありません。
そう何度も見学に通った浦安です。
流石に自転車では飛行機を持って行けません。
親父に頼んで浦安まで車で連れて行ってもらいました。
飛行場に置いてあった機体は当時上限の60クラススタント機。
かなり上手い人達の集まりだったのだと思います。

現地に着いて、見慣れない親子が何の面識もない人に初飛行をお願いしたのです。
そこにいた人達は嫌な顔もせず、話を聞いてくれました。
多分正規のクラブって訳じゃなかったのでしょうね。
いきなり行って受け入れてくれたのですから。
そして、飛ばしてくれるという人が現れ私はいそいそとエンジンを掛け始めました。

今思うと初めて組んだ機体の初フライトをしてくれるなんて奇特な人が良くいたなと思います。
中学1年生の私に何度も自分で作ったのかと聞かれたのを覚えています。
機体を作ってメカを載せるにはそこそこ知識と労力が必要なのはその方も分かっているのでそう聞いてきたのだと思います。

確かに一人で作りました。
親父は一切手を出さない主義だったので。
その割にはそこそこ出来は良かったと思います。
自作のUコンを何機が作ってバルサを削るのは慣れていたし。

だけど今、私にそのような依頼があったとして引き受けられるかどうか・・・。
中学生の工作レベルを何処まで信用できるかです・・・。
だって、一生懸命作ったであろう機体をちょっとした工作ミスで墜落してしまうかもしれません。
それは大人が作っても有り得る事だし。
少年の事を思うとおいそれと飛ばしてあげるなんて言えないです。

エンジンが掛りクラブ?のオジサンが手慣れた感じで手投げして機体が飛びました。
どれほどトリム調整したか分かりませんが、私の記憶にはそれは綺麗なもので
手を離れた機体は一直線に上昇して行ったのです (笑
空を目指して飛んでいく姿は何とも言えない気分でした。
ずっとあこがれていた自分のラジコン飛行機が飛んだのです。

上空に上げてもらって操縦を替わってもらいます。
私の後ろから手を回し指の上からスティックを操作して教えてくれました。
その時教えてくれた人は周回飛行を教えてくれました。
その方は基本をしっかり教える人だったんですね。
私にオーバル飛行以外やらせませんでした。
ラダー切ったらエレベーター引いてミキシングして早めに戻して進路に入れて真っすぐ飛ばすんだよって説明しながら飛ばしてくれます。
ラダー機の基本操作を教えてくれていたのですね。

数周して今度は一人で飛ばしてみなさいと言われてソロフライトです。
それまでスティックの上から操縦をしてくれていたおかげで舵の量やタイミングを覚えているのでスムーズに飛ばすことが出来ました。
ラジコンなんて飛ばしたことないのにきっちりオーバルに飛ばせていたのが不思議です。
教え方が上手かったのかもしれないですね。
大人同士で後ろから抱え込んでなんて、この教え方はちょっと辛いかもしれません (笑
子供だったので慣れるのが早いってのも有ったのしょうか。
その日何度か上空に上げてもらって飛ばさせてもらい大満足で初飛行が終わりました。

私達親子はもう自分達で飛ばせる気になって後日二人で飛ばしに行きます。
そして、あっけなく墜落させてラジコン機は大破します。
それからは一人で飛ばしに行けない事がネックでラジコン飛行機に一段落つきました。

それからは家の中でもラジコンがしたくてTAMIYAの工作キットのモーター駆動部を使いステアリング周りは完全自作のベニヤシャーシのクルマを作りました。
単二2本で家の中をちょこまか走らせるのはすっごく練習になったようです。
それでもまだエンジンは忘れられません。
クルマの操縦が出来るようになったのならエンジン載せちゃえばいいって事で、エンジンとクルマの合体です。
動力はプロペラ。
イメージ的には飛行機の胴体を走らせるようなそんなイメージです。
その車を家の前の車道で走らせていたのですからとんでもないですね (笑
そうそう、アスファルトで整地された西葛西駅の建設予定地でも走らせましたよ。
何年前になるんでしょう?
42年前かな。

私のエンジン記はここで終わりです。
その後,結婚してしばらくしてからラジコンカーへどっぷり漬かっていきます。

っで、42年ぶりにエンジンとの再会ですよ (笑
きっかけは大した事ありません。
ラジコン飛行機やっているなら一度はエンジン機も飛ばしてみたいってkatoさんが言ったのです。

子供の頃からの経緯を読んだ今なら察しが付くでしょう。
私が反応しない訳無いですよね。
確かに飛行機を始めた8年くらい前は油汚れの無い電動機に惹かれました。
でも、今はラジコン飛行機の原点と言えるエンジン機が気になりい始めたのていたのです。
都合良い事に2年ほど前にHRKさんから回りまわって私の所に来た塗装まで終わっているエンジン機があります。

それにエンジン載せて今度の尾島で飛ばしちゃおうって一人構想が練り上がりました。
エンジンはHRKさんが使っていた中古を貰って、メカは墜落した機体の廃品利用でと
コストのかからないように組み上げることにします。

しかし、HRKさんから渡されたエンジンは新品のENYA SS15と立派なもの。
こりゃ良過ぎだと思いながらも有難く頂きます。

秋葉原に必要なパーツを買い出しに行って1日で仕上げる事に。

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↑機体の製作者はHRKさんの上司だったTNKさんです。
とても綺麗に出来た機体です。
TNKさんのパーソナルカラーの機体は以前飛ばしたシャーベットと同じで、その時載せたパイロットがまだ一つ残っていたので今回も登場させました。
パッと見、シャーベットの様です。

Dsc_0129

↑ 本来1サーボの設定だと思いますが2サーボでデファレンシャルも調整可能にしました。

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↑両引き設定のエレベーターとラダーですが手間を省きたくエレベーターにはコの字のピアノ線を入れ直して組みました。

Dsc_0130

↑サーボベットはベニヤ切り出しでっと思いましたが時間の関係で橋桁マウント?で手を抜きます。

さてさてメカ載せは意外と時間の掛る作業。
そうこうしていると夜明けです。
尾島に出発まで時間がありません。
ひとっ風呂浴びて機体を積み込み出発です。

Dsc_0140

↑早速、ブレークインから。
新品だからね~
ENYAはなおさらちゃんとやらないといけないらしい。
各部がきついんだとか。

ブレークインも順調に進みすでに胴体は排油でデロデロ (笑

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↑メカニックのHRKさんに抑えてもらってスロットルと上げて~


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↑飛んだよ~!
これまた感激の瞬間です。
自分でエンジン機を離陸させたのは初めて・・・
ん?
そんな事は無い1年前辺りに何度かカネゴンのバレリーナを飛ばさせてもらってる。
でも、それよりこの機体の方がとっても感動的でした。

何度か飛ばしてニードル位置も決まってくると気持ちよく回ってます。
矩形翼の機体でレトロな感じが良いんです。
2stのビーーーーンって音が心地いい。
HRKさんも音を聞いて喜んでるみたいでした。

もう少し煮詰めるとスポーツマンが出来そうな感じです。
でも、それ以前にループしてロールしてハーフキューバンエイトしてなんてやっているだけで楽しかったです。

Dsc_0143

↑エンジン機初心者の私は電動機のようにスイッチを付け忘れました。
よって飛ばし終わる度にバッテリー切るのに主翼も外します (笑
このカラーリングのせいか小さな虫がたかるたかる・・・
そして、排油にビタビタくっつんですよ。
虫取り飛行機になってました。

Dsc_0144

↑調整を手伝ってくれたカネゴンとHRKさん。
二人に良く飛ぶから飛ばしてって頼んだのに断るんです・・・
飛ばし易いのになぁ~

 Dsc_0146

面白くて何度も燃料入れて飛ばしまくりました。
HRKさんいろいろ有難うございました。
今度は飛ばして下さいね!

この機体はキットだったようですが名前が分からない。
なんて機体か知っている人いるかな~

さて、こんな感じでエンジン機の魅力にはまった私ですが次回のGTRCミーティングは当然GP機を持って行きます。
そう、次回はGP機祭りでしょうか!!!!
ハムちゃんにも声かけてあるし
tamoさんはすでに何機もスタンバっているし
HRNさんはスーパーKという機体持っているし
katoさんは何にするんだろう?
HRKさんは機体の倉庫から適当な物を持ってくるだけですね。
GTRCメンバーはGP機で遊びましょう!

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コメント

42年ぶり、こどもの頃にはできなかったことができて感動ですね。

GP祭り、どんなエンジンが集まるのか、楽しくなりそうです。

投稿: まー | 2019/05/07 08:32

まーさん

あまりに長文になっちゃって読む人いるかぁ?って感じでしたね。(笑
まーさんはもうGPヘリで油汚れの抵抗は無いですよね。
飛行機もGPに移行しちゃいましょう。
みんなでGPも楽しいと思います。

投稿: なっかー | 2019/05/07 12:45

なっかーさん
素晴らしいGP経歴をお持ちですね。
中学生のお小遣いでプロポ買うなんて素晴らしい!!行動力ありますねぇ
私はここ十数年間電動オンリーでしたが、昨年から環境が変わってGP復活しました。45年前のエンジンやキットが飛ぶようになりました。でもやっぱりGPはうるさい(笑)私は出来れば音は無い方が良いんです。仕方なくGPやってるのもまた事実(爆)

投稿: mamu | 2019/05/07 13:12

mamuさん

mamuさんも古いもの沢山持っていますよね。
先日のプレーリーはFujiのエンジンでしたもんね。
GPをうるさいと言いながら本当は悦に入ってるんじゃないですか~? (笑
プレーリーのエンジ良く回ってましたもんね~。
スローも調子良かったし、あれを快感に思わないはずないですよ~(笑

っという事で、またエンジン調整してくださいね!
お願いいたします。

投稿: なっかー | 2019/05/07 19:46

なっかーさん

すごいラジコン暦の方だったんですね!!
感動です。

私のラジコン暦は、ヘリも含めて10年で、
そのうちの飛行機は、7年です。
なので、なっカーさんの方が大先輩ですね。

GP機は、ほぼF3Aを始めてからです。
4ストロークエンジンのみなので、
2ストロークエンジンも興味深々!!
昔のパターン機を飛ばしてみたいです。

機会が合えば、また、ご一緒したいです。

投稿: tamk | 2019/05/10 11:03

tamkさん

私のラジコン歴は大した事無いですという事を書きたかっただけです (笑
実際、ろくに飛ばしもしないで終わってしまいましたから。
飛行機始めたのが2011年の春からなのでやっと8年です。
エンジンはクルマではかなりやりましたが私は操縦専門でエンジンはノータッチ、専属のメカニックが着いておりました。

そのうちこっちの話も書いちゃおうかな (笑

私はtamkさんと反対で4stのエンジンって触ったことが有りません。
だって私のご幼少の頃はまだ無かったですから・・・。
エンジンもこれから楽しんでいけたらと思います。

またご一緒してください。
楽しみにしております。

投稿: なっかー | 2019/05/10 18:34

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